神職怪談

令和時代

正木信太郎:著  イカロス出版
2022年7月30日 初版発行

全体評

神社にまつわる怪談30編を集めた作品。その一番の特色は「神職」の体験談に尽きるだろう。
まえがきにもあるように、神主や巫女さんが仕事上体験した怪異譚というコンセプトは、ほとんど聞いたことがないし、単発の怪異譚としてもあまり記憶にない。同じような括りであると目される僧侶と比較すれば、断然その少なさは際立つ。さらに言えば、神職以外の人間が《神社》という場で体験した怪異譚の数と比較しても、異様なぐらい少ない。もしかするとある筋から箝口令が出ているのではないかと勘繰るほどである。
そういう状況の中で、全てとまではいかないにせよ、神職自らの体験談を複数集めたのは、それだけでも十分労作と言えるだろう。実際、現役・引退も含め、またアルバイト的な立ち位置の方も含め30作中18話が、神職が直接体験した怪異譚となっている。実話怪談の世界にドップリと浸かり込んでいる人間であれば、これがかなり驚異的な数字であることは理解していただけるかと思う。

この本の特色として挙げられるもう一つの点は、神事や神々に関する説明が非常に細かいところである。ある程度その世界を知っている人間からすれば相当まどろっこしいと感じるぐらい、紙面を割いて懇切丁寧に書かれている。これに関しては、個人的には少々やり過ぎでくどいという印象の方が強いが、そういう事柄に関して全く予備知識がないという読者にとっては、スマホ片手に調べなくても大丈夫と太鼓判が押せるほど、充実していると言える。

内容としては、神威をこれでもかと言わんばかりに見せつける霊験の怪異を硬軟取り混ぜて並べ、さらに加えて人間の本性の恐ろしさを余すところなく描く作品まで揃えており、《神々にまつわる》怪異の括りではあるが、その幅は思っている以上に広いと言えるだろう。(ちなみにあとがきでは『障る話がいくつか』紛れ込んでいると明言されているので、そのあたりも含めてバラエティーに富んでいると言うべきかも)

全体としては質の高い怪異が揃っており、読み応えも十分な作品に仕上がっているという印象である。とにかく「神職」というレアなコンセプトに果敢に挑戦された作者に敬意を表したい

神職怪談
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各作品について

ネタバレがあります。ご注意ください。








「噂である」とやんわり断って書いているが、かなり具体的な場所に絞り込め、しかもそれが宮司の不可解な死という衝撃的な内容であるため、短いながらも強烈なインパクトを持つ作品。
おそらく地元へ行ってそれなりに探りを入れれば真実かどうか分かる内容であるので、ガセネタではないだろうとは思うが、神の怒りに触れればたとえ神職であってもどのような末路を辿るのか、かなり具体的に踏み込んだ印象である。特に細かな説明や解釈も入れず、あくまで「噂」として少々眉唾っぽく仕上げているからこそ、怪異の凄味が際立っていると言えるかもしれない。

かごめかごめ
異界譚の一種であるが、半月近く異界へ飛ばされた体験者に代わって“別の自分”がこの世界で活動していたことを暗に示すなど、非常に興味をそそる内容になっている。また飛ばされた異界が、この世界と微妙に異なった状況で存立しているという点も、結構珍しい内容ではないかと思う。さらに言えば、この異界へ飛ばされるきっかけとなったのが“かごめかごめ”の歌であるところも不可解すぎて難とも解釈ができな部分である。
とにかく神職や神社にまつわる怪異という括りを超えて、極めて稀少な異界体験談である。

さきちゃん
大都会の中でひっそりと生きている人間のように振る舞いながら存在する霊体を扱った話であり、これも神職の括りを超えて、瞠目すべき霊現象であるだろう。色々と細かな疑問点があるのは間違いないが(そもそも死霊が神社のような場所しかも巫女として奉職できるのか、他の人にも同じように霊そのものとして見えているのか、霊の出自を教えてくれた彼女はどうして翌年霊として彼女と一緒にいるのだろうか等々)、とにかくその邪悪さは内容から汲み取れるだろう。
(ただ無難な解釈を施しておくと、体験者は人間のように振る舞う霊そのものを目撃しているが、実際にはおそらく人に憑依している霊体であって、普通に見れば取り憑かれている人間だけが見えているのだと推測する。ただ体験者と偶然遭遇してしまった幼馴染みの女の子だけが、憑依された人間を突き抜けて霊体を見てしまったのだろう。そしてそれに気付いた霊が女の子を死に至らしめ、2人並んで正月の神社で人に憑依しているものと考えるべきである。)

呼ばれた狐
これも神職の体験であるが、むしろ怪異の中心は“人間の闇”の部分。こっくりさんに呼び出された狐という超常現象的な存在はあるものの、最初から最後まで話の合間から透けて見えてくるどす黒い人間の負の感情がとにかく胸糞悪い感情を煽ってくる。しかも結末が最悪であるため、何とも言えない厭さが残る。こじらせてしまった人間の負の感情がある意味最も恐ろしいこと(体験者がこっくりさんの最中に見た首切断の幻影は、おそらく狐のあやかしが見せたのではなく、体験者自身の心の反映だったと解釈するのが適切かもしれない)を端的に示す厭系怪談である。

神社の神隠し
非常にレアな怪異である。神隠しに遭った人々が心霊写真として写り、さらに神社で祈祷することによって戻ってくるという、何とも出来過ぎな話となっている。体験者自身が偶然この神社の神と波長が一致したのか、あるいは燻っていた神社に脚光が浴びられようとした神が気前よく大盤振る舞いをしたのか、そのあたりは不明である。ただこの話も大団円では終わらず、神隠しから生還できなかった人の存在を示しており、時間的なものなのか条件的なものなのかは分からないが、ある種「神様の気まぐれ」的な無慈悲な結果が描かれている。
ただ最後に書かれた“完全犯罪”に関する体験者のコメントについては、個人的には不必要だったような気がする。特に神職や神社というものをテーマ(今作は神職が体験者ではない)を扱うコンセプトであるならば、神への畏敬でそっと話を閉じた方が良かったのではないだろうか。神を利用する人間の愚かさや浅ましさも怪異ではあるが、最終話だからこそなおさらそこへ重心を置かなくても良かったように思う。

その他には
「縁の切り方」(最後の「一気に根絶やしにしました」感が凄まじく、怪異より体験者の存在が怖い)
「誘導係」(にわかに信じがたい怪異体験だが、インパクトは絶大。「生きながら死ぬ」恐怖)
「黒」(神職絡みの怪談話の典型。邪悪な存在と絡むことで起こる因果応報譚である)
「新雪の足跡」(これも神職絡みの怪談話の典型。人には知らなくても良いものがある)
「川沿いの社」(神意を汲み取ることの難しさ、神様を祀ることの本質が問われる怪異譚)
「酒好き」(オチは見えているが、やはりこういう話があるのは嬉しい)
「神隠しとは」(神隠しの怪異よりも、人間の業の深さがきつい。真相は果たしてどうなのだろう)
あたりが印象に残った。比較的良作が多い1冊である。