実話怪談 黒異譚

実話怪談本

黒史郎 著  竹書房怪談文庫
2022年6月6日 初版第一刷発行

全体評

著者の実話怪談の新シリーズということで、新しいコンセプトで編まれた1冊となっている。その最も売りとなっているのが、本の帯にもある「現代で採集された話と先人の記録した譚を読み比べる」という試みである。著者が取材などで集めた《実話怪談》と、書籍から選り抜いた《伝承怪談》を1冊の本の中で交互に展開させながら、それぞれの怪異を味わおうとする企画である。
実際に読み比べを容易にするため、《伝承怪談》のパートは「黒異小譚」と銘打って、ページに色をつけて完全に棲み分けをおこなっている。巻末の参考資料の一覧を見ると、各地の伝説や伝承を集めた定番の郷土史系書籍と思しき書名が並ぶが、戦前から平成初期の発行物まで幅広く拾い集めているのが分かる(エリアに関しては、全国満遍なくというわけではないが)。内容については、おそらくネット検索などで引っ掛かるものを除外するなどの作業を経ているのであろう、既視感のあるものはほぼ皆無という状況であった。まえがきに書かれた内容と併せて、著者の並々ならぬ力の入れ具合と自信が垣間見える思いがした。

取材で得た《実話怪談》のパートであるが、黒史郎作品では定番というか、不思議系の怪談が並ぶ。特に印象的な作品は後半に揃うが、人怖系を思わせるかなりヤバイ登場人物が織りなす怪異はインパクトが絶大であると言える。彼らの壊れまくった言動だけでも十分恐怖や不快感を伴う怪談として成立できているのだが、そこにわずかではあるが打ち消すことができない怪異が入り込む。このあたりはいかにも今風の実話怪談ならではの様相を見せていると言えるだろう。

それに対して「黒異小譚」と銘打たれたパートになると、その現代的怪異譚の雰囲気からがらっと変わる。このパートで提示される怪異は、はっきりと幽霊やあやかしが出てくるもの、多くの人が祟りだと認めたものというように、典型的な怪談話と言って間違いないような、明快な因果の糸を忠実にたどっていくものが圧倒的多数を占める。今風の怪談話に対して、古典的な怪談話と言うべき内容である。
ただ非常に興味深いのは、これらの怪異譚が《伝承怪談》としては比較的最近の話でほとんどが構成されている点である。おそらく江戸時代以前のものは数話程度、あとは確実に明治時代以降に起こったと考えられる怪異である。おそらくこれらの怪異については、書籍ではなく、体験者の縁者から採話される形で収集されていれば、間違いなく“体験者の存在する《実話怪談》”という扱いになっていただろう。要するに、タームとしての《伝承怪談》、一般的に“昔話”と称されるものとは明らかにニュアンスが違うのである。

本作における「現代で採集された」怪異と「先人の記録した」怪異を読み比べる試みは、一見、体験者の担保を持つ《実話怪談》と既にその担保を持たない《伝承怪談》という時間的な対立項の比較のようであるが、その本質はむしろ現代的な「不条理の怪談」と古典的な「因果律の怪談」とのスタイルの相違に根ざしているのではないかと思うところがある。勿論、体験者からの直接採話と書籍からの引用採話という決定的な違いはあるが、それよりも作者の思惑の中には“古き時代の怪談=因果応報や原因結果が明らかである怪異譚”というスタンダードがあったように感じる。それゆえに、純粋に伝承の域に入っている江戸時代あたりの怪異を敢えて避け、ある程度実証的な【記録】として残されている怪異に的を絞った選別をおこなったのではないだろうか。
実話怪談本において既に体験者を失った伝承的な怪異を掲載することは個人的にはあまり賛成しないのであるが、この作品のように比較的新しい時代に起こった怪異の【記録】として、広く世に出すという試みについては諸手を挙げて賛意を示したい。稀有の事実を1冊の小箱の中に半永久的に閉じ込めておくのは、実に勿体ないと強く思うからである。

実話怪談 黒異譚 黒怪談 (竹書房怪談文庫)
底無しの黒い恐怖!! 黒史郎の実話怪談新シリーズ始動! 現代で採集された話と先人の記録(のこ)した譚(はなし)を読み比べる―― 「わたしからサオリを奪った男って…」 何万人ものアカウントから特定し、つきまとう女! 「裏アカ女子」より 「妹の顔の皮を剥いで遺体を雪の下に埋めた…」 そして、兄は家へ入るなり卒倒した! 「皮...

各作品について

ネタバレがあります。ご注意ください。








救助者
未来の自分が過去の自分の危急に現れ、さらにそれの証拠として写真が存在するという、情報量の多い怪異である。しかもその状況を文章で巧く隠しながら、小出しに真相に近づく情報を開示していく。読んでいる側(特にマニアックな読者)としては、どういう怪異に発展していくのかをあれこれパターンを考えつつ手探りしながら読んでいった。そして見事に裏切られたわけである。実話怪談の単著のスターターとしては、理想的な怪異譚である。

ドーナツ
不条理怪談の典型。特に“私の与り知らない記憶を他人が持っている”という、アイデンティティーを根底から揺さぶってくる恐怖譚である。特にこの作品の稀少な部分は、ドーナツ店のレシートという物証。体験者の単なる思い違いや、友人のでまかせでは片付けることが不可能な証拠である。またこのタイトルが秀逸。怪異そのものとは全く無関係なワードだが、怪異そのものであることを決定づける一番強力なワードを出すことで、ますます得体の知れない話にしていると感じる。

内見
とにかく“夢子”というキャラクターが圧倒的。人怖系の怪談話として十分成立するだけの話である。しかもそのキャラクターに相応しい超常現象を引き起こすわけで、もはや創作マンガではないかと思うほどの劇的な怪異譚である。このネタにたどり着けただけでお腹いっぱいのレベルだが、この怪異の本質を的確に見抜いた構成で、最大限に恐怖を引き出していると思うところが大きい。特に“夢子”がじわじわと体験者の懐へ侵蝕していく流れ、そして「内見」というタイトルの真意が明らかになる場面はきついものがあった。この部分があるからこそ、生霊の目撃という軽微な心霊体験がおぞましいものに見えてくるのである。

その他には
『あらわれ消える部屋』(曰く因縁がありすぎて気味が悪い)
『裏アカ女子』(怪異の成立は微妙だが、とにかくキャラが濃すぎる)
『絡新婦』(悪夢のようなマヨイガ体験+指輪に絡む物証)
『畑面』(理由の分からない怖さが全開)
『最初の怪談と最後の怪談』(びっくりする坊さんのくだりで泣き笑い)
『花束を嗤う』(今作中最も不条理な怪異譚)

『包』(モンゴルの砂漠地帯の怪談とか、おそらく初見かも)
『生麦の木』(実際の場所も明示される、祟りの物件)
『ワタシヨ』(終戦秘話とも言うべき、そこはかとなく悲しい怪異譚)
『開かずのトイレ』(初期の学校の怪談話として特筆されるべき怪異譚)
『なにが饅頭を食わせたか』(昭和時代の神隠し譚だが、ディテールがなかなか)
あたりが印象に残るところである。

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