瞬殺怪談 罰

実話怪談本

平山夢明 黒木あるじ 我妻俊樹 黒史郎 つくね乱蔵 神薫 鷲羽大介 鈴木呂亜 小田イ輔 川奈まり子 著 竹書房怪談文庫
2022年2月7日 初版第一刷発行

全体評

約200ページで144編の怪異譚を寄せ集めた作品集である。作品は長くても見開き2ページでまとめられており、最短は2行(2作品)というものまで。とにかく短さが売りのコンセプトである。サクサクと読み進めていくと、《百物語》どころか、それをはるかに超える話数を読んだことにされてしまう仕掛けである。なかなかに怖い仕掛けである。
また集められた作者の幅も広く、ルポルタージュ的なガチの実話怪談から、因習まみれの怪異、得体の知れない奇妙な話、果ては都市伝説まで、それぞれの書き手が得手を駆使したり、あるいは普段の単著とは異なる一面を見せたり、とにかく息をつく暇も与えず、次々と怪異譚を打ち出してくる。

ただし作品1話ずつの内容を見ていくと、玉石混淆という言葉に行き当たる。
もっとディテールを書いて話を膨らませたら、おそらく単著の中でも十分メインの怪異譚となるだろうと思うほどの内容を、それこそわずか2ページに圧縮し倒したような作品もある。
かと思えば、タイトルや構成の工夫で、単なる目撃談(しかも怪異のレベルとしてもありきたり)を絶妙に味付けした、いかにもウイットに富んだ掌編らしい仕上がりとなっている作品も結構ある。
逆に、作者が意図的に「あったること」を強引に結びつけて怪異に仕立てたのではないかとの疑念残る、あるいは因果関係を匂わせているがそれを決定づけるだけの確証なり印象なりが文章から無理しないと汲み取れないと感じる作品も散見できる。(このあたり取材した作者自身には確証があるのかもしれないが、掌編であるが故にしっかりとした説明が省かれているのかもしれないと善意に解釈もするが)
また、個人的には許容範囲であるが、実話怪談集の中に完全な噂系の都市伝説(ただしこの噂から派生したファクトは書かれているが)を入れることにも賛否が出てくると思う。

全作品の半数を超えるものが1ページで収まってしまう、いわゆる「投げっぱなし怪談」の範疇に入るものを山のように積み上げた作品集であり、全体を通して読めば読者を心胆寒からしめるほどの恐怖は少ないと思う。ただ「なんだこれは!?」と驚きの声を上げるに相応しい作品は随所にあり、特に普段からそういう不思議な怪異を得意とする作者の作品には見るべき佳作が多かった印象である。

瞬殺怪談 罰 (竹書房怪談文庫 HO 537)
1話60秒で読める! 息つく間もなく襲いくる怒涛の実話怪談集!! あっという間に読めて怖い! どこから読んでも極怖の超短怪談を詰め込んだ人気シリーズ第8弾。 平山夢明をはじめ、黒木あるじ、我妻俊樹、黒史郎、つくね乱蔵、神薫、小田イ輔、そして『八王子怪談』でも勢いを増す川奈まり子が参戦。新たな才能が煌めく鷲羽大介に、都市...

各作品について

ネタバレがあります。 ご注意ください。









まちがい
個人的にイメージする《瞬殺怪談》のお手本のような作品。余計な説明や解釈などはなくとも、タイトルだけでオチの真相を怪異の本質の部分に直接繋げていくことに成功している。
最上階の上から人の足音がするということも怪異だが(これだけではかなり平凡な怪談話だ)、実はそれが起こるきっかけの「まちがい」から既に体験者が怪異の輪の中にどっぷりはまっていることに、後になって気付く仕掛け。無駄な言葉がない故に、最後のオチの謎解きがストンと読み終えた直後に来る。

怨霊物件
おそらく普通であれば数ページに及ぶ怪異譚として上梓されていてもおかしくないし、単著の中の一作品としてもメインになり得るだけの強烈な因縁話である。その大量の情報を惜しげもなく、あらすじ同然の骨格のみ提示した作品である。ただあらすじと言っても、怪異の原因からえげつないし、最後のダメ押しの怪異までてんこ盛りなので、王道の実話怪談としか言いようがない。掌編の中にこのレベルの怪異をぶち込まれると、贅沢の一言に尽きるわけである。

ミニマム
不思議系の怪異譚として何とも言えない雰囲気を持つ作品。《小さい人》に関する話は、あちらの世界でも流行しているのではと思うほどたくさん取り上げられたが、まさか自分の肉親が《小さい人》となって目の前に出てくるだけでも奇想天外としか言いようがないし、さらにその結末のシュールさもまさに漫画の発想でしかあり得ないと思うほどの内容である。この想像の斜め上を行く「あったること」を淡々と書き捌いていくところに、怪異の旨味が込められていると思う。

ねずみ歌舞伎
昔話や民話の世界がそのまま実話として登場したかのような作品である。思わずその因果関係は何だったのだろうかと考えてしまうような、あるいは脳内でイメージとして再生してしまいたくなる衝動を覚えた。あまり類例がないように感じる内容だけにインパクトは十分であり、さらにその終わり方の寂しさに古き良き時代の終焉を想起させるところまで含めて、すごく印象に残った。

村の鎮守の神様は
時折実話怪談本で見かけるいわゆる《邪教》の世界であるが、未だにこの秘儀がどこかで行われていると示唆されているだけに、我々が普段触れている現実世界とのギャップに戸惑うところが大きい。そしてこれが単なるカルト的な邪教信仰集団の目撃体験談で終わらず、具体的な怪異(祟り)がしっかりと付けられ、その信仰対象が持つ得体の知れない力を示している点が、実話怪談としてのポイントを高くしている。我々の知り得ない闇は深いということである。

親等数
これもよくある《死の告知》に関する怪異譚であるが、その知らせ方があまりにも凝っているというか、何となくクイズめいた仕掛けになっており、その希少性は驚嘆に値する。
ただその種明かしをタイトルに持ってきたことには若干違和感。ページ数から考えれば、死の予告として提示される数字の謎解きをしているだけの余裕がないのは理解できるが、ここまであからさまにタイトルに出してしまうと、気付く者はすぐに気付いてしまう。さらに最後の思わせぶりも実話怪談としては果たして効果的だったか、個人的には疑問である。驚くべき怪異であるが故に、その数字の謎めいた部分をクローズアップした方が、怪異が活きたような気がする。

顔マスク
「霊の世界は時代に合わせて進化する」説があるが、それをまざまざと見せつけた格好の作品である。昨年あたり「霊はマスクをしていないから、見分けやすい」というジョークめいた話を聞いたことがあるが、もう対応する奴が現れたのかと思うと、苦笑すると同時にその適応能力の高さには感心しきりである。怪異の内容としては軽いものかもしれないが、時代に流行という面ではすごく興味深い作品と言えるだろう。

兄に似た男
不思議系の怪異譚としてすごく印象に残った作品である。書かれている内容は全てクリアなのだが、話全体としては何か薄ぼんやりとしたというか、茫洋として掴みどころがない。何故兄は行きつけの店を知っていて、弟と会話していることには無頓着なのか。何故注文の段になってしどろもどろになって、最後は消えてしまうのか。そもそも体験者が見た兄は本人の霊であったのか、はたまた書かれているように蝶の化身であったのか。とにかく解釈のしようがないとしか言いようがない。

事件霊
怪異としてはごく普通の目撃談であり、下手をすると本当に霊であったのかどうかもあやしいと言わざるを得ない部分もある。だが場所が《東京地方検察庁》ということが、この作品の価値を高めている。こういう官公庁が舞台となる怪談話は、その具体性や信憑性の面からとにかく希少性が高い。その中でも極めて珍しい検察庁という場であるので、それだけで充分堪能できると言える。

はらぺこ本尊
これも昔話や民話の世界がそのまま現代に出てきたような怪異譚。狐狸の類が仏像に化けてお供えを食べるシチュエーションが実話怪談として語られること自体が希有なことであると思うし、それが単なる目撃談だけではなく、実際に後日談として証拠となり得るようなものが出てきたことも貴重である。ただこの種の話の場合、やはり現代ではほんわかするような話では終わらず、結局セロハンを喉に詰まらせて狸が死んでしまう悲しい結末になっているところまでがお約束という感じである。

それぞれの恋
怪異としてはとりたてて珍しいものではなく、いわゆる《視える人》にまつわる話なのであるが、とにかくシチュエーションの妙がすごい。“恋敵が幽霊”というフレーズで全て持っていかれたと言うしかなく、しかも僅かの流れの中で三者三様の恋が垣間見えるところが非常に面白い。またそれを一人称スタイル(しかも唯一失恋する側)で書いているので、クスリとさせられるというか、なかなかチャーミングな仕上がりになっているという感想である。こういう実話怪談も十分「あり」である。

挨拶
平山夢明の実話怪談集(単著&メイン)作品のパターンとして、ラスト1作手前の話が一番強烈で陰惨な怪異を持ってくる傾向があるが、今作品集でもそれが踏襲されている。女性が犠牲となって成り立っていた時代の因習が現代でも脈々と続けられている衝撃であり、しかもその結末が全く救いのないものとなっている。怪異として認められる出来事については色々と合理的な説明が可能であるかもしれないが、死者の隣の部屋に妊婦を寝かせるという儀式そのもののインパクトに引きずられてしまうことは間違いない。僅か2ページの中で醸し出される因業深さはやはり圧倒的であると言える。