奥羽怪談 鬼多國ノ怪

実話怪談本

黒木あるじ 小田イ輔 葛西俊和 鷲羽大介 大谷雪菜 卯ちり 菊池菊千代 月の砂漠 鶴乃大助 高田公太:共著  竹書房怪談文庫
2022年6月6日 初版第一刷発行

全体評

総勢10名からなる執筆陣であるが、いずれも東北地方を出自とする。豪腕のベテランから将来有望の新鋭まで多士済々の顔ぶれであり、東北地方の怪談作家の層の厚さには驚嘆の眼差しを送るしかない
しかも今回集められた怪異譚の多くが、この地でなければ成立しないという土着的な要素を多分に含んでいる。例えば大都会のある施設で起こった怪異であれば、地名以外にはそのご当地である必然性を持たないエピソードも多くある。しかしこの1冊に収められた作品の多くは、その土地の風習や習俗に根ざした何かがしっかりと話の中に食い込んできて、怪異の根幹を形成しているものが目立つ。

またこの土着的なものが絡む怪異を意識的にメインに当てようという意図が、県ごとの配列に強く感じる。
前半の宮城・秋田・福島の3県の怪異譚は、比較的土着の色は薄い。トップに東日本大震災にまつわる怪異を出しているところは「らしい」と言えばそうだが、後の作品の多くは地名こそあれ、東北の風俗を色濃く示しているとは言いがたいものである。
しかし後半の青森・岩手・山形の3県の方は、逆に、習俗にまつわる怪異や伝承に彩られた怪異が濃厚なまでに際立つ、東北在住者以外の人間が安直に思い浮かべる「東北」のイメージに近いエピソードが多くを占める。
良くも悪くもイメージとしての「東北」のカラーを後半に並べることで、読後の感想を意図的にコントロールしたように推察する。

したがって今作の場合、評価が高い作品は、そのような土着的なものにまつわる怪異に集中した。これは【ご当地怪談】であるが故に、そういう評価を受けることが当然であり、その期待にきっちりと応えた執筆陣の取材能力の高さの結果であると思う。

奥羽怪談 鬼多國ノ怪 (竹書房怪談文庫)
戦慄の東北怪談実話、再臨! 【青森】迎え火に誘われた霊 【岩手】遠野の馬頭観音の呪い 【秋田】本物のなまはげが現れ… 【山形】鬼を迎える奇怪な家 【宮城】海から現れる河童 【福島】蓮池の底にある異界 東北6県に所縁のある怪談作家が集った実話怪談集第2弾。 ・港町にあった古本屋は地震の時に流され…「絆」(宮城県) ・名物...

各作品について

ネタバレがあります。ご注意ください。








神鎮
本作内で最も興味深く読んだ作品。東北の土着的な文化を色濃く醸し出す、大変稀少な縁起話である。霊能者であるカミサマ、鬼を祀る神社、弘前ねぷたの絵師など、出てくるワードがとにかく東北ローカルで彩られ、さらにそれらが有機的に一つの物語として絡み合っていくわけで、『奥羽怪談』という作品名にふさわしい内容である。しかもこの一連の流れが、ねぷた絵師・八嶋龍仙というはっきりした個人名の体験として記録されており、その信憑性を高くしている点も見逃せない。心霊学的にも、相当高い信憑性を持った体験談であることは間違いないところである。
そういう高みにある内容であるが故に、もっと詳細な部分まで根掘り葉掘り余さず“事実”を公開して欲しかったという、非常に贅沢な要望を持ってしまう。例えば出来るだけ正確な年月日など、記録としてしっかりとしたエビデンスが公開されれば、言うことはなかったと思う(しかしながら関係者の中に亡くなられた方があるので、軽々しく素手で手を突っ込んで掻き混ぜるのは難しいという気も当然ながらある)。

効果的面
洒落の効いたタイトルだが、内容は相当深刻な怪異である。身内になりすまして近づこうとする禍々しい怪異は時折見かける内容である。しかし警戒する体験者にここまで近寄ってダメージを与える不気味な話はあまり聞かない(物理的なダメージを与えるケースよりもある意味悪質極まりない)。そしてそのあやかしに対して効果を発揮するのが、祖父のデスマスクと言うべき鬼の面。材料から考えてもあまり立派なものではない印象があり、それが体験者を守る劇的な役目を果たす展開は、怪異と相まって非常にインパクトがあると思う。稀少な話である。

悪習
弘前の遊郭を舞台とする、奇妙で味わい深い作品。どこかユーモラスで不思議な話であり、こういう戦前の古き怪異が書籍の一作品として記録に残ることはとても好ましい。端的に言えば可哀相な境遇に陥った女性を狸が身代わりになって救う民話的な要素が多分にありながら、それが昭和初期の実話であるという点も非常に興味深いし、特に狸がたぶらかしたと言えるエビデンスが“野生動物が持つケジラミ”というところが何となく科学的で現代的である点も何となくおかしみがある。良い話を読ませて貰ったと言うべきか。

魔の道
怪異を蒐集しているうちに溜まった澱を一気に吐き出したとも言える作品。さすがは名だたる怪異蒐集家であると感服した。
それぞれの怪異はそれほど強烈ではない印象だが、ほぼ同じポイントでこれだけ複数のバリエーションの怪異が発生している事実をこうして積み上げて提示されると、やはり単純な足し算では済まない、何かもっと大きな因果が潜んでいるのではないかと思わせる。ただそれを粛々と事実のみ書き並べ、特に何も大仰なコメントも出さずに読者に投げかける巧さは格別である。《国道7号線、鶴岡市の三森山付近はヤバい》……あっさりと刷り込まれてしまった。


昨今の東北ゆかりの怪談と言えば、どうしても避けて通れないのが“東日本大震災”であることは衆目の一致するところだろう。この作品の冒頭を飾るのもこの未曾有の大惨事にまつわる話であり、堂々とタイトルに『絆』とまで銘打っているが、実際には非常に稀有な《におい》にまつわる怪異譚であり、人と人との繋がりの大切さを謳うような感動的なものとはかなり毛色の違う雰囲気がある。だが、そういう特殊な怪異であるが故に、体験者と故郷との結びつきが却って強烈に滲み出てくる作品に仕上がっている。今後もこういう人と人との心温まる感動一直線とは言い難い内容の震災怪異譚が、怪談本のページ上にしばしば登場することを期待したい。

その他には
「某地区敬老会にて」(怪異の内容とご老人たちの語り口が上手く噛み合っている)
「山田の家」(これも東日本大震災に絡む怪異。一人だけ記憶が異なる怪異の典型)
「やさしいなまはげ」(金色の顔で微笑むなまはげ……イメージだけでなく、希少性もある怪作)
「蓮池ワンダーランド」(ある種異界譚だが、公園の蓮池という状況が不可思議な印象)
「古釘」(典型的祟り系の話だが、尺が短いというか何かまだ表に出ていない何かがありそうな)
「迎え火」(古くからの風習が形式的なものではないことを証明した実話談)
「北酒場」(些細な怪異を一人の女性の生き様にまで昇華させたと言うべき《怪談》)
「馬頭観音」(因縁を凝縮した神仏系祟り話。“遠野”がパワーワードになってなかなかに強烈)
「隠し念仏」(土着の因習というか、底を流れるドロドロしたものを感じる作品)
「隠し沢」(お手本のような異界譚。そして清々しさの残る読後感が良い)
「鬼の宿」(因習にまつわる怪異。火葬場の場面は異形のものへの圧倒的な凄味を感じる)
「このした」(是非見つけてあげてください……)
あたりが印象に残った。とにかく土着の因習と言うべきものにまつわるエピソードに秀作が多かった。