群馬怪談 怨ノ城

実話怪談本

戸神重明:編著 江連美幸 撞木 高橋幸良 堀内圭 吉田知絵美:共著  竹書房怪談文庫
2022年7月6日 初版第一刷発行

全体評

竹書房怪談文庫で展開されている【ご当地怪談】であるが、それの先駆的役割を果たしていると言ってよいのが群馬怪談、戸神重明氏の一連の作品である。この作品で5作目となるが、今回は特に地元の【伝承怪談】に照準を合わせ、尚且つ新たな書き手(これも戸神氏の主宰する「高崎怪談会」に参加された縁で集まった方々)を登用するという、一大プロジェクトに近い様相を呈している。怪談の裾野が広がっていくという昨今の流れで、派手さはないものの、ある意味最も難儀な道のりの中で前進させる力(実際に最も実績を上げている地方発のムーヴメントの一つである)はもっと評価されるべきではないかと思っている。

さてこの作品であるが、実話怪談と伝承怪談とのマッチングというコンセプトで構成されているが、個人的な見解としては、良くも悪くもとっ散らかった状態という印象である。良く言えば「実話怪談と伝承怪談との融合に腐心する実験的なプロセス」と見るべきであり、悪く言えば「各作家ごとの実話怪談と伝承怪談の解釈に大きな隔たりがあってメインコンセプトへのアプローチがぶれてしまっている」ということになる。
この【実話怪談と伝承怪談の融合】というテーマは、私個人もこのサイトで言及しているが、明瞭な規定はまだ確立していないし、今後も暫く延々と各作家が創意工夫しながら伝承怪談を実話怪談に取り込んでいく試みを繰り広げていくのだろうと予測している。そして、おそらく決定的な答えはないだろうし、各作家の「伝承怪談=古き時代のあったる怪異」に対する位置付けによってどう扱うかのスタイルが徐々に決まっていくだろうと思っている。
この作品で言えば、伝承怪談の扱いは様々である。歴史民俗学の伝説紹介の本でよく見かけるような、伝説をノベライズした、限りなくフィクションに近いストーリー展開をするもの。逆に怪異体験の起こった場所の歴史的背景の蘊蓄を並べて、あたかも実話怪談と歴史的伝承が紐付けされるかのように見せるもの。自己の怪異体験が過去の歴史と密接に結びつき展開していく内容のもの。単純に歴史的事件や伝統的背景を持つ場所での怪異を提示するもの。それぞれの作家によって確実にアプローチが異なるし、伝承的なものをどこまで加味して怪異譚を進めるかという意識に明らかに濃淡がある。
作家によって同じ怪異でもアプローチ法が異なるのは当然であるが、ただ伝承そのものに対する認識レベルのずれがここまではっきりと内容に反映されていると、やはり1冊のコンセプトメインの競作本としては如何かと思うところではある。

しかし逆の目から見ると、これほど伝承怪談をどう扱うかで各作家が色々と工夫を凝らし、しかも書き手のほとんどが商業誌デビューというすごい次元で出来上がっている作品はそうそうお目にかかれるものではない。それ故にそれぞれの作家が思いのままコンセプトを解釈して出してきた結果に関しては、個人的には肯定的であり、むしろ伝承怪談を実話怪談と融合させる色々なケースを思い知ることが出来た。
さらに正直に言うと、今作品に取り上げられた伝承怪談の半分近くは個人的にも初見の内容であり、怪談好きだけではなく、伝説など民俗学的な内容に興味がある人にも十分アピール出来る内容になっていると思う。(伝説・伝承地を紹介する種の本でもここまで多くの初見を見つけるのは、個人的に稀な出来事である)
正統派の実話怪談本としては難があることは否めないが、その難点の部分がこの作品のストロングポイントであり、むしろ魅力ある一作となる大きな要素であると言える。

以下は、各作品ではなく、各作家ごとの評というか色々と気になったことをまとめてみた。新たな怪談の書き手が増えることは、言うまでもなく怪談界の裾野が広がり、社会的な認知を高くするために必要不可欠なことなので、今回の流れについては全面的に支持したいと思う
ということで、参考にしていただければ幸いである。

群馬怪談 怨ノ城 (竹書房怪談文庫)
毒島城の呪 前橋城の妖 高崎城の幽 藤岡城の幻 箕輪城の奇 倉賀野城の魔 県内の城に纏わる伝奇から 縄文の土偶怪談、戦中の心霊奇談まで 群馬の歴史・史跡怪談! 縄文、古墳時代の遺跡から、鎌倉~江戸期の数々の城跡を有する北関東の雄、群馬県。 その歴史と史跡に纏わる伝奇と実話怪談を集めたご当地怪談の決定版。 鎌倉時代、毒島...

各作家評

ネタバレがあります。 ご注意ください。







高橋幸良
全5作を上梓しているが、うち4作はいわゆる伝説をノベライズしたようなコンセプトで作られている。しかも“伝説紀行”と呼ばれるような古き良き時代の伝説紹介本で歴史小説家や郷土史家あたりが趣向を凝らして書くような雰囲気を醸し出している(各話の最後に、現代のその土地で起こった怪異について言及しているが、どちらかと言うと、ちょっとした余韻を残す程度の役割でしか内容に感じた)。この種の作品には伝説・伝承を蒐集する者として日頃から触れているため、実話怪談から大きくずれてしまっているという印象だけが残った。
この違和感は、ほぼ間違いなく、当時を直接知る者が皆無であるにも拘わらず、登場人物の情動を克明に表そうとするフィクションの部分が[実話]のコンセプトと著しく乖離していると感じるためである。もしこれらの伝承を記録されるがままの事実に即して簡潔に記すのであれば、たとえそれが“史実”とは明らかに異なる荒唐無稽な“事実”であったとしても受け入れていたと思う。
最後の作品は完全な実話怪談なのだが、こちらも何となく昭和の匂いを感じるスタイルを踏襲している印象。特に娘夫婦と住人の会話のまどろっこしいまでの流れは、古いタイプの怪談話で見られる、ゆっくりと核心部分にたどり着かせることで相手の想像力を煽っていく手法だと思うが、早い段階で答えが分かってしまっており、冗長なものになってしまっている。昨今の実話怪談のスタイルに迎合させる必要はないが、読むという作業の中ではスピーディーさはやはり欲しかったところである。
ただ作者のプロフィールを拝見する限りでは、かなり多くの引き出しを持った御仁と見受けるので、その持てるものを駆使した作品を読んでみたいと思う次第である。

江連美幸
全3作であるが、自身の[視える]特性を見極めているレベルがやはり高度であり、加えてそれを客観的に表現出来る故に非常に鮮明な体験談として評価したい。特に最初の2作品の、霊に気付くタイミング、それらが見えている様子、そしてそれらが消えていく状況の書きぶりは、本当に[視える]人でなければ書けるものではないと感嘆するしかなかった。とにかくあの淡く幽かな表現は、単に[視える]だけではなく、それを長年体験してきた末に得た言葉ではないだろうか。
しかし逆に、最後の話については、娘さんの体験がメインとなって自分自身の体験と融合させる形となっている点、また夢による[過去知]という実話怪談の中でも扱いにくい題材である点から、かなり切れ味が落ちていると感じる。一番難しいと感じたのは、「隠れキリシタンの里」という言葉が実は観光の目玉になるほど認知度が高かったにも拘わらず、娘さんの夢を見た段階で全く気付いていなかった部分で、違和感を覚えてしまった。要するに「意識していないが、実は何らかの形でどこかで刷り込まれていたのではないか」という疑念が残るのである。そうなると夢に絡む怪異譚、しかもそれが未来の予知ではない内容となると、どうしても厳しい見方をしてしまう。実話怪談として完全な信憑性を得るためには、何かもう一つ決定的なエビデンスが欲しかった次第である。

吉田知絵美
全3作を上梓しているが、正直なところを言うと、いわゆるファーストコンタクトでかなり悪印象を持ってしまった。まず自作の一首が冒頭に置かれ、完全な物語形式で伝説を紹介、さらに最後のエピソードでその物語の主人公の霊である存在に会いに行くという展開。しかもプロローグでこの城に相当な思い入れが強いことが明言されている。そこでぱっと結びついたのが、いわゆる“意識高い系スピリチュアル”だった。いわゆる実話怪談の世界観において最もタブーな存在と直結してしまったので、初読時は相当危なっかしい感じしか持てなかった。
超常現象を怪談として紹介する場合、特に文章で示す場合、書き手の主張や思い入れが激しくなればなるほど客観性を失い、実話というコンセプトから逸脱してしまう(語りの場合は、その主観性が話全体の勢いに繋がることが往々にしてあるため、まだ許容出来ると思うのだが)。言うならば、その罠に完全にはまった入り方をしてしまったため、読む側として引いてしまった。
しかし最後の作品において、ようやく作者自身が[感応する]体質であることが示されてから、グッと引き込まれた。また本人の超常体験と史実との関連性が交互に明らかになる展開で、きちんと噛み合ってきたこともあり、前2作に感じた危なっかしさは払拭された。おそらくこの作品から読み始めていれば、第一印象でつまずくことはなかったと思う。
ただ上の江連氏のところでも書いているように、[過去知]を含む夢によって事態が進んでいくパターンが多いので、実話怪談として書く場合にはどうしてもハードルが高くなってしまう感はあった。ただここまで歴史的な出来事に関して感応するという能力は得がたいものがあり、手法によっては大化けする可能性は高い。個人的には、霊感体質のある人間による歴史解釈という部分で、寺尾玲子氏による『闇の検証』シリーズをふと想起した(さすがにあそこまでのレベルの能力の持ち主は極めてレアであるが)。継続している話もあるので、いずれその続報を期待したい。

あまりにも個性的な書き手が続出したためここらあたりで一旦切り上げるが、撞木氏、堀内圭氏に関しても次回の登場を楽しみに待っている次第である。

なお戸神氏の作品では以下のものが出色だった。
「ハート型土偶の夢」(「幽霊の寿命400年説」を覆す怪作。よくぞ見つけてくださった)
「小幡の槍」(正統派怪談としてなかなか。出来れば槍の出処がもっと詳しければ)
「鬼の家」(情報量が多い怪異譚。何が原因なのか不気味な話である)