恐怖箱 霊山

実話怪談本

加藤一:編著 つくね乱蔵 神沼三平太 久田樹生 服部義史 若本衣織 高田公太 松本エムザ 渡部正和 ねこや堂 内藤駆 橘百花 高野真 三雲央 おがぴー 斉木京:共著  竹書房怪談文庫
2022年7月6日 初版第一刷発行

全体評

もう30年ぐらい前になると思うが、“山に出る霊は善い霊で、海に出る霊は悪い霊である”という一節を目にしたことがある。おそらく中岡俊哉氏の言説だったと記憶する。「海で溺れ死んで霊になる者は、死んでも何とか助かろうとして生きている者を引きずり込もうとする。一方山で死んで霊になる者は、山仲間という意識からか、遭難しかかっている者を助けたりする傾向が強い」とかいう感じの理由が述べられていて、妙に納得していた。昨今では人の気質も変わってしまった感が強くて、この言説も何となく眉唾物に思えるようになったが、それでも山にまつわる怪異譚は、他の場所で起こる怪異とは違う雰囲気を持っていると思いつつ接している。

特に強くそれを感じるのは、山という存在が古来より具象的に信仰の対象となっているという民俗学的あるいは宗教学的見地による。それ故に、山は、最初に挙げたような人霊だけではなく、むしろそれよりもはるかに多く“元来人ならぬ存在”に満ちていると思うところがある。実際に山に入ると、人が完全に整備した道を歩いていても、やはり街のように人が全てを支配していると感じることは少ない。また木々によって視界が遮られているせいか、大海原にぽつんといるよりも濃厚に閉ざされた世界にいるという閉塞感を覚える。そしてその感覚が《我々人間が及びもしない存在によって支配された世界》に迷い込んだ畏れを生み出しているのだろう。とにかく山には人や鳥獣とは異なる存在が潜む場が多数あり、それらをさまざまな意味で《触れるべからざるもの》として畏れてきた系譜がある。

さらに言えば“迷う”という言葉も山の怪異で際立つ印象がある。言い換えれば“致命的な判断の誤り”である。
勿論山の怪異に限らず、怪異譚のほとんどは「何故そんなことしてしまったんだ」の連続であり、正常な判断を狂わされて死地に陥るパターンはある種のお約束に近い。しかし山の怪異の場合、流されるままに行き着いてしまったというよりも、自分でその道を選んでしまったという印象がすこぶる強い。おそらくは“山へ行く”こと自体が特別なことであり、街中へ出かけて見知らぬ場所に迷い込む怪異よりも、スタート時点で強く本人の決定権があるように感じてしまうためかもしれない。さらに言えば、山が静かに佇む不動の存在であるが故に、怪異が寄ってくるのでもなく、意志に反して怪異に誘導されているのでもなく、怪異が待ち受けている場所に自ら飛び込んでいるという印象が強くなるのではないかと考える。
そして最も重要な事柄は、その正しいか正しくないかの判断の基準が人にあるのではなく、《山の掟》に則してあるという事実である。人間の常識ではあり得ないようなものであっても、その山に坐す存在・山に潜む何ものか・山に棲む鳥獣が長年にわたって作り守ってきたものこそが正しいのである。それを見誤った人間は、山に生きるものとして拒絶され、除外されるしかない。今なお山に生きる人が頑なに守り続ける慣習や禁忌は一見非合理ではあるが、それを人間の都合で勝手に変えることは出来ないし、変えてはならないものなのである。

今作は、タイトルの『霊山』という言葉通り、人霊ではなく、山の神霊(あるいは元より人にあらざる存在)にまつわる怪異譚の比率が高く、また秀作も多い。勿論上に挙げたような、山の怪異独特の味わいを十分に堪能できる。“恐れ”ではなく“畏れ”という言葉に相応しい、見てはならぬもの・触れてはならぬものが、人間の思惑や感情など一切顧みず己の思うがままに動く圧倒的な存在感に驚嘆するばかりである。
また、山にまつわる怪異譚とはなっているものの、山岳登山にまつわるものはごく僅かであり、その大半は“里山”と呼ばれる、人と山とが接する境界部分での遭遇となっている。人が住む場所と人でないものが棲む場所との緩衝地帯として機能しているのが里山である。そこは人間が設けた場所ではあるが、人間だけのためにあるわけではなかった。むしろ人間が山の恵みを得るために設けた場、即ち山に棲むものたちと人間が接するかもしれない場、畏れを抱きつつも共存するための場としてこしらえてきたはずである。
しかしこの数十年の間に人の気質は大きく変わってしまった。人間は“畏れ”という言葉を忘れ、里山を人間だけの所有物であると誤解し、都合の良い土地として潰して街を造り、あるいは手に負えぬものとして無断で関わりを捨てた。本作に登場する怪異の多くは、“自分たち以外の存在がこの世界にあることを忘れてしまった”人間の傲慢さに対するある種の報いを集めたものであると言えよう。

恐怖箱 霊山 (竹書房怪談文庫)
「獣の道、霊の道。山にはもっと怖い道がある…」 猟師が語る山の怪 登山者たちの恐怖体験 山の神に纏わる禁忌 神宿り、魔が棲まう異界の恐怖実話33! 山に神あり、異形あり。猟師や登山者が山で遭遇した怪異を集めた恐ろしくも不思議な実話怪談集。 一族三代が山で聞いた奇妙な声。曾祖父がサンジンと呼ぶ謎の一家の正体は…「山の声」...

各作品について

ネタバレがあります。ご注意下さい。







特に“山の怪異”の本質を余すことなく体現した、最終話3作を取り上げる。
山に魅入られた者の怪―「幸福な山」
山の掟に背いた者の怪―「フキノトウ」
山に拒絶された者の怪―「二つの道」

幸福な山
まさに現代の桃源郷譚・マヨイガ譚といって間違いない、本当に『遠野物語』に出てくるような不思議な体験談である。
考察するに、川村の兄が目撃した“白い木”は山の神の化身、おそらく伝説などで白い鹿や猿や鳥といった動物として表記される存在と同じであろう。それを追い求めるようにしてたどり着き、何不自由なく生活していける場所を与えられたという流れも、民話や伝説の中で容易く見つけることが出来る。
さらに彼が“白い木”が遮るのを無視して現実世界に戻ってしまうという部分も、神の言いつけを守らず自ら幸福を手放してしまった者の末路という物語の結末と一致する。要するにこの怪異そのものが、子供の頃から聞かされてきた昔話と全く同質の内容なのである。
ただこの怪異譚は、ここで終わらない。伝説のように、気が遠くなるような年月が経った、あり得ないような富をもたらす宝を得たなどの“超常的な現象”がまだこの段階では起きていないからである。5年後に再び兄が失踪、彼の幸福な体験を聞いた両親も山で行方不明、さらに川村自身も「山にかえる」と言って世間から姿をくらますという結末に至り、ようやく只ならぬ怪異となるのだろう。

フキノトウ
こちらは上の作品と比べると、山の掟の無慈悲さを示した神隠し譚と言えるだろう。それ故に、東海地歩の森林地帯から東北地方のそれへの空間的瞬間移動(あるいは両者の境界が見える場面があるので空間的断絶かも)も一見四次元的超常現象のようなニュアンスで受け止めることも出来るが、むしろ読後には山の神による試練という意味合いが強いような印象を持つに至る。
その印象に至る原因となるのが、本来あるべきはずのない森林地帯にあったフキノトウを持ち帰る行為によって、一家全員が神隠しに遭う事態が発生する点である。もっと詳細な部分で言えば、持ち帰っただけであればまだ逃げ道があったかもしれないが、それらを口にした(天ぷらにして食べた)ことによって家族全員が神隠しに遭ったと推測することが出来るためである。まさしく「よもつへぐい」と同じ原理が働いたとしか言いようがなく、人智を超えた何ものかの意志を感じざるを得ない。そして失踪後巨大なフキに覆われて家が崩れていく土地は、最早その東北地方の森林地帯を支配するものの土地となってしまったことを意味するのかもしれない。

二つの道
専業猟師の体験談という点でも希少であり、ある意味、最も“山の怪異”の本質に迫った一作ではないかと思う。特に槙野青年が猟師の久慈さんの手を離して別の存在に導かれる場面は、その最たるものであるだろう。伏せられてはいるものの、おそらく彼のその後は発見されるかされないかは別として、残念な最期を迎えることになると予想される。彼は“人間の世界”に戻る選択肢を捨てるという致命的な判断をしてしまったことが明らかだからである。
しかし彼は選ばれて人間の世界から離れたわけではない。一見山に魅入られて導かれているようにも思えるかもしれないが、むしろ彼は山から拒絶され“排除”されてしまったのではないかと感じるところが大きい。なぜなら彼は「山に生きる」ための知恵を得ることが出来ない存在だったからである。人間としては出来た存在であったとしても、山に生きる術を持てない者を山は必要としない。彼自身がいくら山に魅せられようとも、結局山はそれを受け入れることはしなかったと言える。

……ということで、魅入られた者、掟に背いた者、拒絶された者それぞれの怪異であるが、怪異に見舞われた者全員が、本人たちがどのような感情を抱いているかは別として、世間で言うところの《失踪》という形で終わることになる。山と深く関わり合いすぎた者は、どのような形であれ、人間の世界には戻れぬ定めなのかもしれない。

その他には
「山の声――奇譚ルポルタージュ」(さすがに4代続けて符丁あるものを突きつけられては……)
「参道」(山の怪異というよりも、顧みられなくなった神の怒りのようなものを感じる)
「山の母娘」(最期の情景が絵になりすぎて泣ける一作)
「樹」(ホラー小説ばりのあやかしだが、実話怪談では非常に珍しいものでは)
「峠」(ホラー小説さながらの筆致で書かれた作品で、怪異の恐怖感を最大限に引き出す)
「未練」(よくある怪異だが、土産物屋のばあさんがすごくいい味を出している)
「クサイチゴ」(読み進めていくうちに厭な雰囲気にさせられる、まさかのオチ)
「持山」(人間が作り出した禁忌の場所にまつわる怪異だが、まだ何か起こりそうな気配)
あたりが印象に残った。全体として結構な作品が集まっていると思う。