実話奇彩 怪談散華

令和時代

高田公太 卯ちり 蛙坂須美:著  竹書房怪談文庫
2022年9月5日 初版第一刷発行

全体評

『奇妙な彩りを持った一冊』というのが著者本人の語るところのコンセプトであるが、怪異の種類や作風のスタイルにおいて“実験的”と喩えても良いぐらい多様なパターンを見せてくれる。それでいてガチャガチャとしたおもちゃ箱をひっくり返したような粗さはなく、むしろ3人の作家によるトリニティらしからぬ調和さえ感じる。
おそらくこの本を企画した高田公太氏が意図した結果であろうと推察するが、いわゆる“あったること”としての怪異を記録する、あるいは読み物としての怪談噺を提供するという方向とは異なる、《文学としての怪談》を書きうる作家を選んでぶつけてきたという感が強い。

高田氏については以前の評で『現在の実話怪談界隈で希有な立ち位置にある作家』即ち『実話怪談作家の中で最もリリックな表現で怪談の本質に迫る』存在としたが、今作でもその能を遺憾なく発露していると言える。むしろこなれた筆致で怪談を繰り出してくる卯ちり氏、蛙坂須美氏と組むことによってさらに活き活きとした作品になっているように感じる。『煙鳥怪奇録 机と海』で水と油と言うべき極端にスタイルの異なる吉田悠軌氏との丁々発止のセッションも面白かったが、スタイル的に近いものを感じる作品群の中で悠々と泳ぎ回っている方が独特の個性がもっと鮮やかに見えるのではないかと思った(後述するが、高田氏単著よりもさらに高田公太色が出てきたと見ている)。

一方、共著者として指名されて登壇した卯ちり氏、蛙坂氏もそれぞれの個性を出して、独自の色を滲ませることに成功していると言える。
卯ちり氏は話数が多くないが、海外ネタをざっくりと紹介し、他の怪談作家との毛色の違いを明確にしている。海外ネタ以外もあまり聞いたことのない怪異を紹介しており、引き出しが増えれば着実に力を発揮するだろうという印象である。(今回は作品数が少ないのであまり細かな評はしないが、筆力は確かである)
話数的にも今作のメイン作家と言うべき蛙坂氏であるが、筆力の確かさもさることながら、繰り出してくる怪異のバリエーションの多さには目を見張る。特に文芸タイプの怪談作家にとって最大の弱点傾向である《強烈にヤバくて怖い怪異》のストックがあるのが実に有望であり、これだけでも十二分に評価出来る。さらに書き方のスタイルも含めてオールラウンダーの風格があり、早期に単著を読んでみたいと思わせるものがあった。

あとがきによると、今作は『「新人発掘」の一環』という目的を有しているとのことだが、間違いなくそれは成功であると言えるだろう。そして《怪談の裾野を広げる=市民権を得る》展開としても非常に好ましいと思う。怪異の根幹であるネタの部分以外で新しい境地を開拓出来る実話怪談作家が登場すること、特に書き物の世界の技巧部分で勝負が出来る人材を掘り出し機会を与えることは重要である。そういう意味で、実話怪談の世界の荒波を乗り越えてきた人材が新たな人材(贄とも言うが)を呼び込んでくる流れは実に尊い。
そして言うまでもなく、この2名を起用した点において、編者としての高田氏の眼力には狂いはないという意見である。

作品全体であるが、綺麗な箱に入ったお菓子というか、旨い酒の上澄みを汲み取ったというか、とにかく読んでいて飽きないし、それでいて読み応えがあるという印象。特に色々なパターンの怪異を巧みに散りばめ、ややライトながらも恐怖先行の作品や首をかしげるような奇妙な作品まで取り揃えている。実話怪談初心者に打ってつけの内容であると思う(強烈なヘビーユーザーには食い足りない部分があるが、一般的な文芸傾向の作品としては健闘しているだろう)。
企画者・共著者・読者のいずれもがWin-Win-Winという構図の一作であることは間違いない。

実話奇彩 怪談散華 (竹書房怪談文庫)
「目が合ったんです。飛び降りる前の男と…」 一〇〇九室の前で起きた投身自殺。 死の連鎖はその後、意外な法則で―― 「ギリギリ」より 異色トリオの最凶化学反応。 百花繚乱の実話怪談! 駅で発券中に感じた強烈な視線。視線の主は旅行先で待っているはずの…「件の剥製」 便座で突如感じた肛門の違和感。見るとオレンジ色の毛束が刺さ...

各作品について

ネタバレがあります。ご注意ください。







散らない華
高田怪談の真骨頂である。
怪異だけを取り出せば、わずか数行だけの内容になってしまうだろうし、取り立ててレアな怪異でもない。怪談作家によっては採用することなく、メモの片隅で陽の目を見ることなく終わってしまうかもしれないと思う。しかし高田公太はこれを一編の詩情にして世に問い掛ける。
初めての恋からその唐突な終焉、さらにその過酷な結末を受け入れ昇華させようとする主人公の心の機微を克明に言葉にして寄り添わせていく流れは、単純な怪談馬鹿では出来ない作業のように映る。巻頭言の言葉を借りるならば、ほんの小さな蕾であるが、それを丹念に花開かせるところまで繋げていったからこそ、些細な怪異であるが何かしら強い魂の浄化のような感覚に心が掴まれてしまうのである。
「怪を通して人を書く」どころか、最後に死んだ恋人が店に現れるくだりがなければ怪異の片鱗すらもないと言われてしまうぐらいの微かな“怪談”であるが、その通底に流れる豊穣な感情の発露はある意味《怪談の目指すところ》の一極点と言って差し支えないと信じる。

蝙蝠エリちゃん
正統派の恐怖譚であり、今作の掉尾を飾る作品として十分な怪異と言える。周囲から見て“ちょっとおかしな人”が死に、その霊が目的不明のまま眼前に現れるという、ある種“もらい事故”の典型とも言うべき内容となっている。ゴスロリファッションで黒いこうもり傘を持った年齢不詳の女というキャラを冒頭から際立たせ、じわりじわりと怪異の中心へと落とし込んでいく流れは、オーソドックスで王道である。ただその鉄板のような流れの中でも『あれを見る前と後では、私は別の人間です。』という一文を挟み込んで何かしらのアクセントをつけようとするところが、一筋縄ではいかない、文章スタイルに一言持った書き手という印象に至った。
ただ個人的には、このぐらい強烈な怪異譚を文芸傾向の強い作家が普通に書く流れができること(《文芸派=微妙な怪異を書く》という一般的な見方を打破すること)が一つの課題であると思っているので、このような作品を目にすることが出来て溜飲を下げている。

その他には
『件の剥製』(良い意味で、何が何だかさっぱり分からない怪異)
『「ファ」の日』(音怪談の中でも異色と言うべき。絶対音感と怪異のコラボ)
『オレンジの髪』(下ネタ怪談の中でも稀少なもの。起こっていることは結構怖いのだが……)
『彼女の友達』(怪異は偶然の一致かもしれないほどの内容だが、やはり物語としてせつない)
『犬の死骸』(噂が先か怪異が先か、今ひとつ分からないところに怪異の本質がある一品)
『ギリギリ』(読み終えてからドッと恐怖が湧いてくる、強烈なオチ。臨場感が素晴らしい)
『ベベンベン』(最初から最後までボケ倒してしまう彼女は一体……)
『お化け』(モノローグ形式で書くことによって、怪異の核心を最後まではぐらかす絶妙さ)
『黒看・赤看』(短いながらも、恐怖を一気に沸点まで上げてくる好作品)
あたりが印象に残った。こうして並べてみると、やはり多種多様だ。