拝み屋備忘録 鬼念の黒巫女

実話怪談本

郷内心瞳 著  竹書房怪談文庫
2022年4月4日 初版第一刷発行

全体評

郷内心瞳氏は、拝み屋というあちらの世界との接点を数多く持つ生業をされており、尚且つ「視える」人でもある。仕事柄そして本人自身の体験でも、実話怪談のネタに不足するということはないのではと、常日頃から思って拝見している。実際、本人の仕事上の体験を軸とした数々のとんでもない怪異を発表しており、その怪異譚の質の高さも相まって凄腕という印象がある。さらに個人的な嗜好であるが、その文体が読むテンポやリズムに実に合っていて非常に好みであるため、敬愛を持って見ている怪談作家の一人である。

ただ今作に関して言うと、期待が大きいせいもあるが、手放しで「凄い」と言えなかった。
特に表題でもある「鬼念の黒巫女」の連作が、何となく先が見えてしまった感が強く、しかも予想通りの結末となってしまったのが大きい。怪異の内容としては十分怪談として成り立つレベルのものであり、しっかりと怪異の原因などの裏も取れている。だが、以前の凶悪とも言える作品と比べてしまうと、因縁のドロドロ感とか複雑に絡み合った登場人物の思惑とかいったものが少なく、ある意味平坦な道を真っ直ぐ結末に走っていったという感触を強く持った。ストレートに言ってしまうと、この本のメインの部分にどっしりと置いて軸にしていくだけの強烈さが足りないという印象。実際体験している作家本人からすればギリギリのところで戦っているから不本意な評価であるとは思うが、「作品」として公開されれば過去との比較はやむを得ないと思う。

しかし今作はこのメイン以外にももう1つの展開が隠されており、ある意味こちらの方が怪異としての謎深さがあり、衝撃的であった。むしろこちらの方が展開次第ではメインの話として取り上げられてもおかしくないのだが、如何せん量的な問題と完全な解決にまで至ってない点でサブ扱いになっているものと推測する。そしてこれが隠し球となっているため、全体としては驚きを持って読了できる仕掛けになっている。この辺りは持ちネタの多さと言うべきかもしれない。
持ちネタの多さで言えば、メイン以外の話に関してもメインと同じカテゴリーの怪異をずらりと並べてきており(全作とは言わないが)、さすがと言うしかない。さらりと書いているが結構なネタも散見され、小ネタといえども侮れない構成になっている。

過去の大ネタと比べると小粒感を否めないものの、作品の構成や自身の日常を上手く取り入れて飽きの来ない作りになっている。そして上に挙げた隠し球的怪異譚に結末が付くのか否か、さらには郷内氏自身の最大の危難が今後どうなるのかなど、とにかく次作への伏線がバンバンと張られており、今から楽しみにしている。「物足りない」とか言い募っても、結局しっかり満腹していた次第である。
なお下ネタ怪談の一群については唐突感の方が先に出てしまった点、あるいは郷内氏の筆致でやられると多少仰々しいと感じる点などあって、個人的には若干引いてしまった(ただし内容では一切引いていないです)。このあたりは“ご愛嬌”という感じ。

拝み屋備忘録 鬼念の黒巫女 (竹書房怪談文庫 HO 546)
拝み屋、絶対絶命。 「どす黒く染まった、巫女装束の女が…」 怨みを募らせた史上最凶の生霊が襲い掛かる! 先祖供養に家内安全などの加持祈祷、はては憑き物落としや悪霊祓いを請け負う「拝み屋」郷内心瞳の人気実話怪談シリーズ第6弾! ・他者に呪術を向けた女の惨すぎる報い…「身のほど知らず」 ・万引き容疑で呼び止められ…思いもか...

各作品について

ネタバレがあります。ご注意ください。







万代君
心霊写真の怪談話の中でも希少性の高いものであると言える。とにかく霊体として写し出された存在の身元が判明するだけでもそれなりにレアだが、それが身内が撮ったものではないという点で群を抜いて希少である(身内以外の人間が撮った写真を見る機会、及び公開された写真から知人を発見する確率を考えるととんでもないのが理解できる)。このような発見をすること自体が恐ろしく低い確率であるだけでなく、この霊体が本当に親友であるという裏付けが最終話でなされるという、まさに離れ業というか、「呼ばれている」と言うしかない。内容と言うよりも、このような事実が起こった確率を考慮に入れてこの怪異譚は凄いものだと考える。
しかしこの怪異譚はまだ先がありそうという気もしており、さらに話が展開すれば内容的にもレアなものになりそうである。

玉ぺた
下ネタの一群の中でメインの作品であると考えられる話。
ただこの話の凄いのは、単なるお下劣な下ネタ怪談に留まらず、いわゆる「罰当たり」怪談としてもしっかりと成立し、尚且つ、神仏にまつわる奇譚の中でも特筆すべき内容であること。特に神仏が直接罰を与えるわけだが、そのやり方があまりにも信じられないレベルである点が高評価となる。石仏が動いてぶん殴って(実際は石が動いたのではなく何らかの物理的な力が加わったと推測。本当に石で思いきり殴られたら玉が潰れるだろう)懲らしめるなど、昔話や民話ではおなじみのオチであるが、これが現代でも起こっていると思うとなかなか感慨深いものがある。勿論、この奇天烈なおふざけを発案し実行したクソがき共をはじめ、面白がってハイテンションになって書いていたに違いない郷内氏のキレッキレの筆致も必見である。とにかくとんでもない「怪作」である

その他には
『水子参り』(食いっぷりの描写が凄まじい)
『古本の写真』(追いかけられるのも怖いし、ほくそ笑む赤ん坊も怖い)
『墓女房』(タイトルが秀逸。また書きぶりがイヤらしくて良い)
『仏花』(家族の深い闇を感じさせる好篇)
『エヴァーグリーン』(とにかくやるせない印象ばかりが残る)
『マチコじゃない!』(ダイレクトすぎるエロ怪談。何故か例の一群に入っていない)
『見たゆえか』(ドッペルゲンガーとも通り悪魔とも解釈できる怪異が理不尽すぎる)
あたりが印象に残るところである。特記するほどではないが、総じて安定して良質の掌編が多い。