恐怖箱 呪禁百物語

実話怪談本

加藤一:編著 神沼三平太 ねこや堂 高野真:共著  竹書房怪談文庫
2022年8月5日 初版第一刷発行

全体評

恐怖箱の百物語シリーズの最新刊であるが、今作よりメンバーに高野真氏を加えた体制で進むことになるらしい。その出来映えであるが、メインの著者である神沼三平太氏が相変わらず怪異の大量投下を果たしているため極端な変化はない。高田公太氏に代わって著者になった高野氏もうまく著者陣の中に溶け込めており(というかむしろ結構高いテンションで作品を繰り出しているように感じる)、全体として多種多様な怪異表現のスタイルを追究する作風はほとんど変わらず、ある意味安定的である。

ただ「安定的」という言葉の裏には当然の如く、強烈なインパクトのある怪異が見当たらないという事実がある。ページ数にも影響されているが、それでもなお頭にこびりついて離れないレベルの作品がパッと思いつかないのが現実である。怪異がありきたりで書き様も凡庸なレベルの作品はないので退屈することは決してないが、マニアを唸らせるだけの作品も出会えなかったと感じる。
それ故、全体的な評としては可もなく不可もなく、ただし平均点は越えているかなというぐらいの雰囲気で終わった。印象としては、《優等生っぽい怪談集》あたりで落ち着きそうである。平均値を割り込まないが小粒な怪異が並ぶ方が良いか、多少粗いがメインを張れる怪異を突っ込む方が良いか、このあたりの流れは個人的嗜好にかなり左右されるところであるので、絶対的なジャッジは避けたい。

恐怖箱 呪禁百物語 (竹書房怪談文庫)
「今から人が死にますよ」 耳元で突然聞こえた囁き。 十秒後、悪夢が…(「予告」より) 人を呪い殺せる壷 仏間の地下儀式 駐屯地の祟る供養塔 日常の闇を覗き見る百怪談! 4人の怪談蒐集家が独自の取材で聞き集めた実話を代わる代わる紡ぐ百物語。 今から人が死にますよ…駅のホーム、ふいに囁かれた声はどこから?「予告」 おにぎり...

各作品について

ネタバレがあります。ご注意ください。







予告
冒頭を飾る怪異であるが、怪異の枠組みだけをきれいに切り取った印象の作品で、読者を掴みに掛かっている。わずか3行の話であるが、禍々しさが思う存分溢れている。

かれいな女
高野氏の初作。いきなりギアを入れてぐんぐん加速して、怪異の核心へアプローチする印象。そして出てきた怪異が痛快なぐらい意表を突いてくる。というかビジュアル的にはピカソの絵のような女性が立っていたのだろうが、それを「鰈」に見立ててタイトルと絡めるなど、面白かった。

女子トイレの主
かなり怖いシチュエーションの怪異なのだが、如何せんそれぞれの怪異が粒立っているにも拘わらず、2ページの中に詰め込んでしまったため、展開が大雑把すぎてあらすじだけで終わってしまった印象が残る。もう少し話を膨らませて登場人物を活写して動かしたら、相当な話になっていたかもしれない。学校のトイレにまつわる怪異の中でも、指折りに陰湿な話。

ぐるぐる
怪談本を読むと怪異が訪れるという説があるが、それをそのまま実現させたような怪異である。しかも現れる怪異がちょうど自分が読んでいる話に出てくるものとそっくりとなれば、恐怖はなおさらであるし、しかもそれが首なしの裸の少女となればほぼ救いがない。一体誰の何という作品なのか、気になるばかりである。

紫陽花
文字で書かれた怪談という条件を巧みに使って、怪異の本質であるオチを最後まで隠し通すことに成功している。しかも怪異としても結構珍しいケースであり、いきさつを語り通した男の正体が非常に謎であり、もしかして体験者の恐怖感をあやかしが見透かしている可能性をも感じさせる。

八不思議
とても不思議な話で、なおかつ子供時代の記憶の底あたりにずっとしまわれているような印象を与える怪異である。怖いと言えば怖いが、それ以上に何か夏休みの思い出話の風であり、それが簡潔な文によってざっくりと再現されていて、怪異の持つ雰囲気に合っている印象である。

女王と従者
タイトルから登場人物のキャラが想像がつき、しかも本文中でも巧みにそれが造形されているため、結構なインパクトがある作品になっている。実際にはそこまで強烈な怪異ではないのだが、それをキャラ造形が巧くカバーして面白い話にしていると感じた。

命日
抑制の効いた書き方で、とんでもなく特殊な前世の記憶回復の奇談を出してきている。並みの書き方ならばもっと劇的な印象を与えようとガンガン言葉を紡ぐかもしれないが、淡々と書くことによって体験者自身が「宿命」を受け入れようとしていることが感じられる。それにしてもこんな稀有の転生話は記憶になく、それだけでも十分価値のある作品であるだろう。

バーフバリ
明朗快活に生活することは、ある意味最も合理的な幽霊撃退の方法なのだが、ここまでやってしまうとバカを通り越した説得力がある。こういう良い意味でおちゃらけた掌編は、百物語のような長丁場で本当に必要不可欠な存在である。

尻掻き観音
この作品もタイトルからかなりとぼけた味わいを見せる。いい年した高校教師のおっさんが観音様見たさに尻を掻く。ビジュアルで考えると滑稽極まりないのだが、さらに10年欠かさず尻掻きをやっていて最後に観音様に理由もなく愛想尽かしをされ、それでも尻掻きが止まらない。言うに言われぬ悲哀感が実に秀逸である。

地下室
一族の因襲めいた怪異にまつわる話であるが、情報が少なく調べる術もなさそうなので、断片的で概説的な説明で終わってしまうのはやむを得ないところであろう。ただし、凄まじく陰鬱で隠し通さねばならないような過去がある雰囲気でもなく、血の繋がりがそこまで濃くない家が他にも存在するという、マニアだからこそ却って首をひねりたくなる因襲ではある。

辰っちゃんの椅子
有名人が絡むネタである。これだけでお腹いっぱいである。怪異としても取り立てて凄いと唸るようなものでもなく、とにかくひたすら芸能人絡みがレア物ということで。

3Pおことわり
全作の中でこれが一番の作品という意見である。怪異としては特別強烈であるとは言えないが、その丁寧な描写によってしっかりと霊体の動きを示しており、作家の筆力によって読み手が緊迫感を持って読んでいけるところが良い。特に精算から退出までの場面は、体験者の側に立ってかなりのめり込んでしまった。しかも稀少な《下ネタ怪談》でもあるので、そのあたりも加味するとなかなかの佳作ではないかと思う次第である。